1994年に発足した自社さ連立政権の首相を務めた村山富市さんが101歳で亡くなりました。
謹んでご冥福をお祈りします。


村山元首相は首相になる前の旧社会党時代には自衛隊違憲論、小選挙区制反対論者でしたが首相就任とともに現実路線と称し自衛隊は合憲、そして小選挙区制にも賛成しました。
1989年頃から顕著となったソ連・東欧の民主化運動、冷戦の終結と同じ頃に起こった労働組合の右傾化、総評の解散、連合結成あたりから社会党の現実路線(??)への転向が始まったと思います。
東西冷戦の終結に当たり西側は東側に対する勝利宣言をして資本主義自由経済こそ正義と大威張りでした。
しかし東西冷戦で敗北したのは共産主義経済体制、共産党独裁体制であり社会民主主義体制ではありません。
日本社会党や支持母体の労働組合は社会民主主義を目指す団体でしたから冷戦終結に於いて負けた側ではなかったのに雪崩を打って右傾化。
連れて村山首相誕生とともに社会党は現実路線への転向をはかり崩壊、社民党になりました。
私から見れば労働組合も社民党もそして多くの国民も真の時流判断を見誤ったとしか思えません。
社会党発足から今年で80年の内50年は旧社会党時代であり社民党の歴史は約30年です。
日本は憲法からしても医療保険制度の現実などからしても緩やかながら社会民主主義を目指している国柄です。
旧社会党はいわば日本の中心に位置すべき中道政党で左翼ではありません。
しかし労働組合への依存体質や自衛隊違憲論の主張などをとらえて左翼政党のレッテルを貼られてきました。
真の平和の為に憲法を護る政党を左翼呼ばわりするのは間違いです。
国民の大半は労働者ですから組合の支持を得るのも左翼と無関係です。
反戦平和、自衛隊廃止、米軍撤退を唱えれば左翼??なら米軍の手下、自衛隊を強化して5年で43兆円も軍事予算を使う自民党は超極右でなくて何なのか?
中心にあるべき社会党が左翼なら憲法を変えたい自民党は極右の更に右側、高市新総裁は超極右政党の総裁です。
そんな自民党がさらに超が付く右翼維新と連立を組むとしたら日本の平和は益々崖っぷち。
折角、現実路線と称して自衛隊違憲論をひっこめたのにそれでもパッとしない社民党が再生する道はただ一つ、村山さんのご逝去を機に非武装中立を機関決定して弱者の側に立つ庶民政党に立ち戻ることでしょう。
伝統ある社会党の流れをくむ社民党には村山さんの本音のご遺志を継いで再生復活して欲しいと願わずにはいられません。
2025年10月19日 記
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