20年前に開催された「8月15日と南原繁を語る会」について書いた5年前のピースアゴラのメッセージを5年後の同じ8月26日に再掲載します。

軍隊を持とうなどと考えている戦後生まれの極楽とんぼ国会議員には是非読んで欲しい記事です。

いざとなれば殺し合いの戦争をする暴力組織である軍隊(自衛隊)は戦争に勝つ為に必要で

有効なあらゆることを準備します。

それが彼らの組織の目標ですから当然です。

攻められた場合に自衛の為に備える自衛隊なら合憲とお考えの「憲法9条の会」の皆さん

キッカケが祖国の独立と主権防衛の正義のためであれ、戦争をして行きつくところは国土、郷土の全滅か、勝っても多くの人命を失い郷土、日常生活を破壊され大損害を被るか、しかありません。

戦争は一度始めたら勝っても負けてもいいことなど何もありません。

何があっても戦争をしてはいけないのです。

だから戦争に備える軍隊も兵器も皆捨てなければいけないのです。

今日の記事は軍隊の本質、使命とはこういうもの、軍隊にとって使命を果たすためには市民の命は虫けら同然、ということを実際にあった事実を通じて知って欲しい思いから敗戦記念月に再掲載します。

-以下再掲載記事ー

私は2006年の8月15日東大安田講堂で開催された「8月15日と南原繁を語る会」の講演会(総合司会立花隆氏)で語られた事実を忘れることができません。

恐らく若い世代は勿論、中高年の皆さんもほとんど知らないと思われる終戦の年に東大で起こった歴史的秘話です。

講演の中で述べられた秘話の顛末は1978年、原書房出版の石井東大名誉教授著「東大とともに五十年」の「東大をどうか我々の墓場に」に記録されています。

要旨の一部抜粋ー

昭和20年7月4日戦況ははなはだ振るわなくなって、敵軍の本土上陸、本土決戦という噂が広まる頃、東部軍管区旅団長の重松少将が東大の内田祥三総長(当時)に面会を求めてきた。

重松は内田に「まだ未公表であるが今度帝都防衛司令部が設けられ自分たちは本土決戦に際して帝都防衛の任務にあたることになった。

機密事項であるが敵が東京へ上陸して来るとなった場合わが軍では、墨田川、荒川などを堰(せ)き止めてその上流で堤防を切る(堤防を決壊させて水を溢れさせることです)ことにしている。

東京の下町―浅草、下谷、本所、深川、日本橋、京橋、神田などはすべて水漬けとなり、上野公園の西郷さんのあたりから、東大の本郷台などが丁度波打ち際になって防衛の第一線として極めて重要な地点になる。

自分たちはこの東大の建物を全部、帝都防衛隊司令部用として拝借しこの土地を自分たちの墳墓にする覚悟である。

是非防衛司令部に貸して欲しい」と。

-以上引用ー

ビックリですね。海抜ゼロメートルの下町に住む東京府民(当時数十万人はいたでしょう)の命を犠牲にして日本の国(天皇制、国体)を守るのだ、というのです。

もちろん東大側は内田総長が(法学部長は南原繁氏)キッパリと断りました。

これが国民を守るという軍隊という組織の実際の姿です。

現在災害救助にも活躍する自衛隊ですがいずれ同様の局面になれば国家のために国民の命を犠牲にすることをはばかることなく同じ道を歩むでしょう。

2021年8月26日 今は亡き知の巨人立花隆さん司会の15年前の講演会を思いだしながら)

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2026年8月26日 再記

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