28日防衛省が日本製鉄呉工場跡地を血税(防衛予算)で買い取る契約をしたと小泉が発表しました。

【8月29日付東京新聞参照】

一度防衛予算が国会で承認されたら最後、防衛省は自分たちの使命達成に必要と考える使い道に自由自在に使い日本の軍事大国化を進めます。

市民の出る幕は反対運動しかありませんが手遅れ。

土地の売り手日本製鉄は自民党に大口献金する企業です。

隣地は大阪市他の所有地らしく日本製鉄に代わってUSJに賃貸するようです。

余談ですが日本の製鉄が中国、韓国に取って代わられた原因は半導体業界が中国に後れを取った原因と同様、当時の自民党と業界経営者たちの経営判断ミスと私は思っています。

戦前軍用地だったものが戦後平和憲法のもとせっかく民間企業の所有に移っていたのに再び

軍用地に逆戻り。

防衛省の今回購入面積は39万坪と18ホールのゴルフ場が4つ建設できる広さ。

他方USJの敷地は新規賃借部分を足しても軍事施設の半分以下の18万坪。いかに軍事施設が巨大な敷地か想像できます。

国会の予算委員会が日本の平和憲法を実現するのにいかに大事な委員会か、護憲政党は勿論、私達護憲派には再認識が必要です。

日本の軍事大国化は後戻りできない直前まで進んでいます。

足りないのは兵隊(自衛隊員)の数だけです。

徴兵制待ったなしなし状態です。

今日は戦後日本の再軍備に大きな影響力を持った服部卓四郎元陸軍大佐に対する遠藤の批判論を紹介します。

服部は1901年生まれで享年59歳、陸士34期で遠藤の8年後輩、辻正信と並ぶ作戦の神様と言われ、参謀本部作戦課長を歴任し戦後GHQ、G2のウイロビーに見込まれて日本の再軍備のため早くも(こんな動きがあったとは驚きですが!)1948年には服部機関を作りました。

しかし各方面から警戒され新しく創設された自衛隊への復帰は叶いませんでした。

しかし服部機関の部下の多くはその後、自衛隊の最高級幹部として幕僚長などを務めています。

―以下日本の軍備を数字で固定化する服部卓四郎に対する批判文の引用―
「服部君は先年、日本週報8周年記念号で『戦争は自然現象であり、その周期は概ね十年』と断定され
(補足注:ていたが)本誌(大勢新聞?)では『断言するのは禁物』と言われるまでに成長されたことを悦びます。

まだお若いことであるから更に研究を積まれるよう望みます。

戦争を肯定して軍備を論ずる場合、軍備は相対的であることを無視して日本の軍備を三,三,三とか二,二,二とかに固定することは意義のないことでしょう」

―以上引用おわりー

最後の比率のところは陸海空の比率?正直、私には意味がよくわかりません。

服部の軽はずみな再軍備論に対する遠藤の反論は元の上司にも広がります。

遠藤の「軍備亡国」の思想は雑誌「世界」の1980年11月号に掲載されましたがそれこそ遠藤の最終結論です。

本日午後から千葉市で下記講演を行いますのでお近くの方はどうぞお運びください。


2026年8月30日 記

\この記事が気に入ったらぜひSNSでシェアしてください!いいねボタンも押して頂けるとうれしいです!/