今日は元原発技術者の小倉さんから私たちを叱咤する寄稿文です。心して読みたいと思います

――以下小倉志郎さんの寄稿文引用――

 護憲運動や脱原発運動をしている仲間の間で「日本の民主主義は機能していない」という嘆きの声をしばしば聞く。ほんとうだろうか?私は反対に「日本では民主主義が機能している」と思う。

 確かに、多くの国民が安保法制は憲法違反だと訴えても、3・11フクシマ事故を経験して原発の利用はもうやめるべきだと訴えても、政府も国会もその国民の声を聴き入れようとしない。そのような「民の声」が政治に反映されない現実を観れば「民主主義が機能していない」と言いたくなるのもわかる気がする。

 はるか昔、中学3年生の社会科の授業で、政治の体制について次の3つの例を習った。

1.君主制:一人の君主による独裁制で、聖人・君子が最高権力者になれば良い政治が行われる。しかし、愚かで残酷な人間が最高権力者になれば最悪の政治が行われる。

2.寡頭制:少数の貴族たちが合議して政治を行う体制で、やはり民にとって過酷な政治が行われ易い。

3.民主制:民衆が平等な立場で政治的決定を行う政治体制で、民衆が賢い場合は良いが、民衆が愚かな場合は「衆愚政治」に陥る可能性がある。

 日本は上の1でも2でもない。国民の成人が平等に一票ずつを持って、国会議員候補者の誰に投票するかを自分で決めることができるのだから、3番目の民主制が実践されている。すなわち、民主制は機能しているのだ。つい6日前に終わった衆議院選挙の結果を観て、その結果が民にとって幸せなものでないとすれば、私が中学3年生でならった「衆愚政治」に陥っていると言わねばならない。しかし、その事実に気が付いている国民がどれほどいるだろうか?私はまだまだ少ないと思う。「今の悪政の原因は、総理大臣をはじめとする国会議員、霞が関の官僚たち、政党、財界、御用学者たち、マスメディアが“けしからん”のであって、我々は正しい」として、民衆が自らを変えようとしないなら、今の政治を変える力は生まれないだろう。ほんとうに今の日本の政治状況を改善したいと思うなら、現状が「衆愚政治」であることに気が付く国民を増やすことから始めなければならないと思う。

2021年11月6日 先の総選挙の思わしくない結果を野党の戦い方のせいにするのはお門違いと 記 小倉志郎

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