―以下本日担当の元東芝原発技術者の小倉志郎さんの寄稿文引用―

 組織の中で失敗や事故が起きた場合に、関係者の誰も責任を取ろうとしない形として「たらい回し」と言われることがある。

例えばAさんは「責任はBさんにある」と言い、Bさんは「責任はCさんにある」と言い、Cさんは「責任はAさんにある」と言うようなケースだ。

しかし、こんなあからさまの「たらい回し」に出会うのは稀だ。

ところが、原発の事故に関連して、私は典型的な「たらい回し」を体験してしまった。

 2013年の1月原発の安全に関する新しい規制基準に対するパブリックコメントの募集があった。

さっそく新基準を読んでみた。

すると、通常の法規では冒頭に用語の定義があるのに、新基準には「安全」という用語の定義が無かった。

同年7月に新基準が施行となったが、その際に規制庁の官僚との交渉があり、私が「規制庁の考える安全とは何か?」という質問をすると官僚は「安全に関する第一義の責任は事業者=電力会社=にある」と自らの考えを述べなかった。

その直後に東電との対話会があり、「東電として考える安全とは何か?」と質問をすると、東電の責任者は「住民の安全を守る責任は自治体にある。

東電はそれに協力をする」と述べ、安全の定義を答えなかった。

一方、原発立地の自治体の責任者は「原発の安全は国が責任を持っている」と報道陣に応えている。

つまり、原発の安全については、政府、電力会社、及び自治体がどこも責任を持とうとせず、「たらい回し」をしているのが現状だ。

こんな状態で原発の再稼働を絶対に許してはならない。

2023年3月17日 記

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