本日は憲法公布79年目の記念日にあたり護憲派にとって最重要の戦争放棄を謳っている9条の成立過程について書きます。
1945年8月31日に厚木に降り立ったマッカーサーは9月27日天皇と会談した後、10月11日に就任したばかりの幣原喜重郎首相と会談し日本政府に新憲法制定を指示します。
なお10月13日には婦人参政権と20歳以上の男女にt対して選挙権付与が政府発表されています。
一方民間では11月初めに初会合を持った高野岩三郎、馬場慎吾、鈴木安蔵、森戸辰男等による憲法研究会が新憲法草案「憲法草案要綱」を作成しGHQの手に渡りミズリー州のトルーマンライブラリーで英文に翻訳されました。
GHQで中心的役割を担っていた民生局法規課長のマイロ・ラウレル中佐はそれを分析し「この憲法草案は極めて民主的で感心している。
これを若干修正すれば、マッカーサーも満足する憲法になるのではないかと思った」と後日、語っています。
さて命に従い10月25日に政府によって設置された憲法問題調査委員会(松本烝治委員長)が作成した憲法改正案には勿論「戦争放棄」の規定はありません。
余りにも保守的な松本案に対しGHQは自ら憲法草案を作成してこれを日本政府に提示しました。
GHQの憲法草案の戦争放棄の条項(直訳)は以下の通りでした。
第八条: 国民の一主権としての戦争は之を廃止す。
他の国民との紛争解決の手段としての武力の威嚇又は使用は永久に之を廃棄す。
陸軍、海軍、空軍又は其の他の戦力は決して許諾せらること無かるべく又交戦状態の権利は決して国家に授与せらること無かるべし
当初マッカーサーがマッカーサーノートで求めた戦争放棄条項には
自己の安全を保持するための手段としての戦争をも、放棄する、とあり自衛戦争も禁止していましたがケーディス民生局次長がこの部分を削除したと後日、語っています。
―続くー
2025年11月3日 記
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