―以下引用ー

日本の若者が主催する「ピースボート」、世界の海を回りながら、戦争や暴力、人権侵害や環境破壊の傷跡を訪ね、乗客が学ぶものですが、講師として何回か乗船しました。私は、日本国憲法第9条の、重要性、その美しさ、その知恵について、そして日米の両政府がそれを破壊しようとしている動きについて講義するとともに、“資源のための戦争”を防ぐ1つの方法として、GTBD(設計によるグリーンテクノロジー)に関連したテーマについても話しました。2000年にはピースボート地球大学の顧問委員会のメンバーになりました。

もう1つの私の関心は、資源戦争を防止するために各国が参加する様々な活動の1つとして、そして人間として避けられない紛争を解決するための非暴力の方法として、「環境」と仲直りをすることです。

1995年にこの分野で著述をしました。「持続可能な発展のための工学教育のための1つの新しい範例:設計によるグリーンテクノロジー」(a chapter in –Freeman, Puskas,& Olbina, Cleaner Technologies and Cleaner Programs for Sustainable Development, Springer-verlag, New York, 1995)

私は、祖国アメリカの、世界のリーダーとしての道の、批判者です。

私は、アメリカ市民として多くの機会に恵まれたことを大変深く感謝しています。

しかし他の多くのアメリカ市民と同じく私は、私達を育てたこの国を更に良くしたいと思います。独立宣言の(女性と黒人とアメリカ先住民は除外されてはいますが)全ての人は平等だという言葉が好きです。

そんな国になって欲しいと思います。

しかし、1995年の本の中でシェリーが書いている、「1930年代以降アメリカは、市民社会それ自体が暴力を生産する組織になっている“軍国主義”国家だ」という言葉にうなずいてしまいます。

私自身が、シェリーが表現した文化による1つの生産物です。

第二次大戦の復員兵のための奨学金(GIビル)で、学士号を取り、朝鮮戦争のGIビルで修士号を取り、ソ連が1957年にスプトニクを打ち上げたことから来る科学技術教育の国家予算で博士号を取得しました。

ソ連に遅れまいとしてアメリカは莫大な国家予算を科学技術教育に振り向けました。

そして更に、ここにはっきりと申し上げねばなりませんが、私は、ダンフォース基金にも、大変お世話になりました。

ダンフォース教師奨学生として、“人があまり通らない哲学博士号の道”での最後の一年を財政的にも支援を受けました。

これらの教育支援にとても感謝しています。

しかし、何故、豊かなアメリカで、能力ある若者が誰もがこのような支援を受けることができないのでしょう?

軍隊と何らかの関わりがないと出来ないのでしょう?

シェリーの言葉を私はこのように理解しています。

今もそうです。

多くの貧しい若者が大学に行くために軍隊に入ります。

2003年、破廉恥な湾岸石油資源戦争で、ジェシカ・リンチ兵士事件がありましたが、彼女はウエストバージニアの経済的に貧しい家庭の出身で、大学に行きたかったから、とにかく軍隊に入ったのです。

―続くー

2026年1月13日 記

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