1946年7月25日、国会本会議で憲法改正案が審議されている中で衆議院では政府案の修正を行う帝国憲法改正案委員小委員会が芦田均委員長の下、14名の国会議員により秘密会議として開始されました。

この委員会の議事録は極秘とされ50年後の1995年9月28日に初公開されました。

私が憲法を習った当時はこの間の修正議論は当事者以外には全く知られていなかったのです。

会議には民間憲法草案を書いた日本社会党の森戸辰男の他、鈴木義男(日本社会党)犬養健(日本進歩党)などが居り特に鈴木義男は委員の中で最も多く修正案を発言したことが知られています。

この小委員会で新しい条文として発議したり一部修正することを決議しGHQに承認された条文を上げると、

1)17条(国や公共団体の損害賠償責任)何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国、または公共団体に、その賠償を求めることができる。

2)25条(国民が人間らしく生活する権利・これ実現する国の社会保障的義務)1.すべて国民は。健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

3)26条(教育を受ける権利・教育を受けさせる義務)当初義務教育は小学校までだった原案を中学校まで延長(初等教育を普通教育と修正)

4)40条(刑事補償請求権)何人も、抑留又は拘禁されたのち、無罪の裁判を受けたときは、法律のさだめるところにより、国にその補償を求めることができる。

これらは小委員会で日本の政治家によって提案されGHQも承認した日本製の条文です。

一番重要な憲法第9条の修正の経緯については続きをご期待ください。

2025年11月2日 記

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