旅人 花岡 (しげる)さん(「楽団ひとり」、当会会員)

富士山と同じ形をしたアレナス火山

 今回でコスタリカを3回訪れた事になる。いつも旅はふとしたきっかけで始まり、その結果、急ごしらえの一人旅とならざるを得ない。
 今回私は4年ぶりの大統領選挙戦を現地で注目したい衝動から昨年末から約半年の予定でニューヨークのマンハッタンにいた。9・11以後外国人がアメリカに観光ビザで滞在できる期間は6ヶ月から最長90日に短縮されてしまったため入国後90日以前に一旦どこか外国に出て再入国してビザを取り直すしかない。
 当初カナダにでも行こうと考えていたが、ふと、カナダに行くなら、いっそ最後になるかも知れないコスタリカを訪問して最新のコスタリカ事情を見聞し併せてNY滞在ビザを延長しようとの思いつきでコスタリカ行きの計画を立て始めた。
 私のコスタリカ訪問1回目は2012年3月、元駐日コスタリカ大使だった同国最高裁判事の女性を日本の友人に紹介してもらって1週間ほど滞在。政府高官、司法関係者、大学教授などと懇談しながらコスタリカの平和政策に対する権力者側の取り組みや意気込みなどを聞いて回った。2回目の訪問は同じ2012年9月コスタリカ最高裁判所が主催する中南米などスペイン語圏諸国の司法関係者、大学関係者が集まる「人権セミナー」への参加のため約10日滞在。2回目の訪問時にはコスタリカには軍隊は勿論、米軍基地も一切存在しない事の検証をして欲しいとの「コスタリカに学ぶ会」会員諸兄の要望に応え東のカリブ海、西の太平洋の両海岸線沿岸の視察、北の隣国ニカラグア及び南の隣国パナマとの国境付近の警備状況を視察し、コスタリカが国境紛争をどうやって軍隊無しで解決しているかを調査した。(本紙44号掲載

タバコン温泉(アレナル火山麓)の流れる露天風呂

 国境警備に当たっている警察官などへのインタビュー、警察力調査、裁判の実際、刑務所視察をしたり、パナマに近い原住民部落、サンホセ近郊の原住民部落の視察、原住民家族との面談なども行い国連平和大学での授業体験なども行った。今回(3回目)はコスタリカに学ぶ会の会員にコスタリカについて私に現地で調べて来て欲しい事柄を事前にメールで募り、寄せられた質問を念頭に置きながらの訪問であった。質問例は以下の通り

  1. 軍隊を捨てたコスタリカの一般市民は他国から攻められる不安を日頃感じていないか
  2. コスタリカの国家予算の明細
  3. コスタリカの医療制度、保険制度、医薬品価格の上限。
  4. コスタリカは高福祉高負担の北欧型か或いはアメリカ型か―など。

 3と4の質問については現地で取材した方々が偶々参画しデータを提供していると言う今年8月末に出版された下記書物の発売を待って日本で購入し大体のデータは掴めたが詳細数字は入手できていない。会員諸兄にはこの書物購読をお奨めする。―国本伊代編著『コスタリカを知るための60章』第2版 明石書店、定価2160円―
 今回の2週間余りの訪問では観光客としてこれ迄行かなかったコスタリカの中・北東部の自然保護区や国立公園を訪ね自然保護の状況を見聞すると共に機会ある毎にコスタリカの一般庶民に上記1の素朴な質問を繰り返し投げかけて生の声を拾った。

国連大学構内の公園のアリエス・サンチェス大統領像

 今回の私の主な旅程は以下の通りである。
3月22日(火)ニューヨークからコスタリカに移動。
 23日(水) サンホセ市内目抜き通り、国会、最高裁判所、国立劇場、黄金博物館辺を視察。
 24日(木) バスでカルタゴ市内、オロシ峡谷、コスタリカ最古のオロシ教会へ。夜はサンホセ日本人学校校長矢野先生夫妻と一緒に藤沢先生(夫人はコスタリカ人)宅での家族ぐるみのイースター夕食会に招待される。
 25日(金) 日帰りでパン・アメリカンハイウエイを公共バスで北上しニカラグアとの国境ペイニャス・ブランカスを視察。
 26日(土) 夜明け前から早朝にかけサンホセ南80キロにあるサンヘラルド・デ・ドータの山中(標高2500メートル)に行き幸運にも幻の鳥ケツアールに遭遇、マイクロバス運転手にコスタリカ事情についてインタビュー。
 27日(日) ポアス火山の火口までタクシーで行き、地元のドカ珈琲の栽培畑を視察。帰途にエレディアのオスカル・アリエス元大統領(ノーベル平和賞受賞者)の生家邸宅見学、サンホセ市内の刑務所を外から視察。
 28日(月) 駐コスタリカ日本大使館を訪問し木村参事官等と面談。
 29日(火) コロン市郊外の山中にある国連平和大学を訪問し日本人留学生などと面談、イスラエル人とパレスティナ人の実験的共同キャンプ生活に参加した国連平和大学卒業生(フランス人女性)の体験報告会に出席。
 30日(水) 中北部の自然見学個人ツアー(乗合マイクロバスで移動する3泊4日の旅)移動の間は助手席に座って極力ドライバーにインタビュー。初日はサンホセからアレナル火山に移動、タバコン温泉保養後富士山と同じ形をしたアレナス火山の麓で宿泊。
 31日(木) モンテベルデに移動し自然公園内でロシア人観光客と一緒にキャノピーを初体験。

国連平和大学(大学院)の学生たち

4月1日(金) モンテベルデからグアナカステのニコヤ半島にある避暑地タマリンド海岸まで移動、近くのレストランのウエイターやウエイトレス達にインタビュー、アメリカ人に一番人気の海水浴場であるタマリンド泊。
4月2日(土) 午前中タマリンドから名勝地コンチャル海岸へ半日帰りでタクシーで移動、道中未だ10代の運転手にインタビュー。昼過ぎにバスでタマリンドに戻り午後乗り合いマイクロバスでサンホセに戻る途中刑務所を外から視察。偶々停電で真っ暗な街となったサンホセのホテルに帰着。
4月3日(日) 日本人学校の藤沢先生とサンホセ近郊のリゾートホテル「ブーゲンビリア」で会食をする約束をしてサンホセから約8キロの道程を炎天下、準高速道路の路肩を歩き通し途中ニカラグア人のスラム街などを見る。
4月4日(月) 帰国前に宿題の資料を集めようと市内の書店を巡ってデータ本を探したが見つからず。午後約2時間、通訳業で当会と縁の深い阿部真須美さんコスタリカ事情について約2時間面談。
4月5日(火) 早朝ホテルを出てタクシーで空港に向かったが通勤の渋滞に巻き込まれて予約済みの帰りの飛行機便に乗り遅れつぃまったが何とかニューヨークには同じ日の深夜に帰国できた。

年間成長率1%台。経済は一応順調か

 コスタリカに行くにはニューヨークからも直行便は無くアメリカの国内空港経由で馴染みになったサンホセのフアン・サンタマリア国際空港に到着、タクシー運転手に現ソリス大統領の評判を聞いたが、前任のチンチージャ大統領に比べて評判は良さそうだ。請求された料金も適正金額でコスタリカがごく普通の経済的に安定した国との印象を改めて実感。
 早速懐かしいサンホセ中心街を歩き中心部の道路が盛んに補修されている工事現場の多さに驚いた。日本の道路掘り起こしは見慣れた風景だがニューヨークのマンハッタンでさえ道路はデコボコなまま滅多に道路補修工事されない(勿論高速道路は整備されているが)のだからコスタリカでは尚更の事だ。経済は一応順調なのであろう。駐コスタリカ日本大使館で聞いた情報でも経済成長率は低いものの 2015年の年間成長率は1%台を記録し2013年(1・38%)以来となり、過去5年では2度目の1%台だそうだ。
 先ずコスタリカと言えばエコツーリズムで有名だから我々はコスタリカは全国何処に行っても豊かな自然に囲まれあらゆる生物にとって極楽と思っている。観光客用の乗り合いマイクロバス(乗用車、バスの殆どは韓国製)で観光地を巡る中、私はコスタリカについて新発見したが、その一つはコスタリカの中部や北西部に平地が意外に多いこと、そしてコスタリカも他の国と同じく経済発展過程で多くの国土が山地も含めて開拓、開墾されて自然の森が消失した事だ。
 牧場で牛たちが悠々と牧草を食んでいる姿に私はカリフォルニアをドライブしているような錯覚さえ覚えた。私が今回行ったエコツーリズムのシンボルのようなモンテベルデはあるアメリカ人の努力で時間を掛けて自然回復の努力をした結 果のようだ。
 空港からホテルまでのタクシー運転手の話でも軍隊の無いコスタリカを誇りに思っていると言い、軍事予算の代わりに教育予算が充実している証拠に、どんな片田舎に行っても公立学校が設置されている事を誇り、乗車する外国人観光客にも学校が何処にもあることを実例を示して見せていると言っていた。
 前回はニカラグアとの国境ロス・チレスに行き鄙びた国境の様子を見聞したが今回はコスタリカと北米を結ぶ基幹道路の国境ペニャス・ブランカスを初めて訪ねる事が出来た。

アメリカとキューバが国交回復。ニカラグアとコスタリカとの複雑な難民問題

 今年はアメリカとキューバの国交が1961年の断行以来54年ぶりに2015年7月20日に回復された記念すべき年であったが国交回復に伴う我々が余り知らない事実を始めて知らされた。
 アメリカに亡命を希望するキューバ人にとって国交回復後は却って移民は難しくなるとの思いから一刻も早くアメリカに亡命したいと願うキューバ人が多いと言う。海路の亡命はアメリカ沿岸警備隊に発見されてすぐ強制送還されてしまう恐れからウルグアイ(世界一貧乏な大統領として有名なムヒカ大統領のいる国)からコスタリカに陸路入りコスタリカを通過して陸路メキシコ経由アメリカに入るルートによる難民希望が後を絶たないとの事。
 しかしニカラグア政府が難民のニカラグア通過を拒絶したためコスタリカ側の国境が難民で溢れているとの情報があって興味を?き立てられつつ出掛けたが私が行った半月前にほぼテント状態は解消されていたようだ。難民はメキシコとアメリカの国境付近までコスタリカから空路ホンジュラス経由で送られたそうだ。しかしまだパナマとの太平洋岸国境付近には1千名近いキューバ難民がいると言われている。

「コスタリカに生まれた幸せ。不安に思ったことはない」

 今回は現地の人たちとの交流に努めて下手なスペイン語をスマホなどを駆使して操り「軍隊を捨てた国に住む事の不安は無いか」「コスタリカに生まれて幸せと思うか」などと何処に行っても質問したが、誰一人として不安だという人には出会わなかったし、コスタリカに生まれたことを幸せと言う人ばかりであった。国境紛争はこれまでも又これからも起こると予想しつつ、だからと言ってニカラグアがコスタリカに空爆などする筈も無く戦争の危険など感じたことは無い、と皆異口同音に言う。
 コスタリカで現地に住み日本からのツアー客のガイドをしている日本人通訳の人達は私の予想に反して“コスタリカは日本人が美化して見ているほどの理想郷ではない”等と言うが、彼等・彼女等の言う、コスタリカの現状、特に医療や社会インフラに対する不満は我々から観れば、かつて経験してきた比較的マイナーな問題である。

軍隊を捨てきれない、危うい日本の国家安全保障政策

 軍隊を捨てきれないどころか軍備増強に邁進し平和の為と言いつつ戦争の危険に若者を引きずり込もうとしている抑止力頼みの誤った日本の国家安全保障政策や、国民の声を無視し、安い電力などと言って国民を騙すボッタクリ詐欺のような強引な原発再稼動実施を思えば我々日本人には日本よりずっと貧しいコスタリカの人たちの方が余程幸せに見える。
 原発も無く軍隊も米軍基地も無い非武装永世中立国として立派に経済も少しずつ豊かになっていくコスタリカを見て、私はむしろコスタリカの今後が気になって仕方ない。麻薬蔓延の懸念、アメリカ文化の益々の浸透によるコスタリカ人の思考の暴力的アメリカ化、など日本と同じ道を歩んでいく事のないことを祈る気持ちになり2週間余りの旅を終えた。
 ニューヨークに戻ってみれば重武装の米兵がグランドセントラル駅の構内をテロ防止の為と称して2~3人一組で巡回している様子が嫌でも目に入る。こんな物騒な国営暴力団を公然と一般市民生活の中に晒し続ける野蛮な面を持つ米国にひたすらひざまずく安倍自公政権の思慮の無さを思うと尚更のこと、親米であるのは同じであり乍も決然と軍事力保有を拒絶するコスタリカには今のままの平和政策の持続を強く願うばかりである。

コスタリカの重装備の警察力は、わずか数十名規模の麻薬取締特殊部隊

 コスタリカについては現地に住む日本人の間でさえ、社会保障政策、特に医療政策について不満の声も聞くし人権尊重と言いつつ、刑務所の囚人が人権闘争をしている実態などについても聞かされたり、警察官の対応も必ずしも我々が想像するような人権尊重姿勢とはかけ離れた実態も、時にあるという話も聞いた。かなり重武装の警察力も有るがそれはほんの数十名規模の麻薬取締特殊警察部隊である。真のコスタリカの姿は「山火事は頻発するのに消火用ヘリも無く、観光用ロープウエイのロープを張るのに隣国ニカラグア陸軍から輸送ヘリを借りなければならず、麻薬の交通路になっている為カリブ海沿岸警備には米海軍の警戒監視力を借りなくてはならない未だ経済力が不十分な、軍隊の無い国である。
 コスタリカに一部重装備の特殊警察部隊があるのは事実としても、そして軍隊も警察も国家公認の暴力組織である点は同じとしても一旦緩急あれば無法者と化し国民の生命・財産を犠牲にすることを厭わず国家の独立やレジームを守るのが目的の軍隊は、重装備とは言っても国内法に基づいて行動し国民の生命・財産を守るのが目的の警察組織とは比べようも無く個人の平和的生存権に対する危険極まりない敵である。
 「文民統制を強化すれば良い」とか「国際人道法があって非人道的な武器使用や戦闘行為は許されない」等と言って軍隊を持つべきと言い募る向きも多いが、これは人間性の本質や戦場の現実を知らない無知蒙昧な考えに過ぎず前線の一兵卒は狂気の最中にあり、平時の机上の制度・法律など全く無意味になるのが戦争の実態だ。
 事実と異なる言挙げをしてコスタリカを貶めようとする評論家や浅薄なネトウヨなども多いがコスタリカは日本のように世界に冠たる平和憲法を持ち、軍隊不保持をうたいながら現実には世界最強に近い軍事力を持つ建前と現実の乖離の大きい国とは全く違う。
 日本のみならず武力による抑止力を安全保障政策の基本とする世界の大半の諸国は非武装中立を実践している国コスタリカから真剣に教訓を得て現実政治に反映させるべきである。
 私はコスタリカを訪ねる度に、憲法第9条を持つ日本に何故コスタリカにもっと真剣に学ぼうとする人々の輪が広がらないのか不思議でならない。紙面の都合で意を尽くせないが「コスタリカに学ぶ会」の布教宣伝活動強化を願って止まない一人として、これ迄見聞したコスタリカ庶民の声や実情を別途お話しする機会を願うものである。

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