4日は朝からバスでコザに向かった。

1970年12月20日のコザ騒動の顛末を確かめるためだ。

ミュージックタウンの観光案内所で地域の情報を集めゲート通りを嘉手納基地第2ゲート前まで歩いた。

帰り道に歴史館に入ってコザの戦後の歴史について市役所職員から情報をもらった。

コザ騒動で83台もの車が焼かれた現場を教えてもらい行ってみた。

夜の町コザも昼間は米兵の往来もほとんどなく飲み屋街はシャッターが下りたままだ。

コロナの影響もあったそうだが最近又活況を呈しているという。

帰りは那覇新都心までタクシーで戻って途中運転手に基地の状況推移などを聞いた。

最近は志願兵ばかりとなったので以前より兵隊の質はよくなったと言えるが海兵隊を中心にヒスパニック系の志願兵(貧困層)が沖縄に来ており彼らの質は余りよくないと。

すれ違う米兵が上から言われているのか私に愛想よく挨拶したりする。

私が宿泊しているホテルのある新都心地域も運転手によると以前は米軍の家族住宅地であったが返還されて今の姿になったらしい。

日銀那覇支店が建っていたり大きなショッピングセンター「NAHA  MAIN PLACE」には映画館もある。

基地返還と言うが沖縄の人に言わせると基地の移設に過ぎないという。

午後の飛行機で宮古島に移動した。

着陸直前眼下に広がる海の青さとサンゴがあまりに美しいのに驚いた。

夜には地元の人たちと交流し私の本を紹介したら元市役所の職員が“このような本こそ待っていた本だ”と大喜びで買ってくれた。

夜間市内を車で走って驚くのは町中の街灯がほとんどなく町がとても暗いことだ。

節電の為かどうか知らないが昼間のような明るい東京の夜景に比べて自然に優しいように思う。

明日はいよいよ市民の同意なく設置した弾薬庫や自衛隊基地の様子などを確認し基地反対派の人たちの話を聞きに行く

2022年11月5日 記

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