―以下小倉志郎さんの寄稿文の引用―

 私たちは護憲運動や脱原発運動を続けてきたが、そのためのデモに「優しさ」が必要だと最近気が付いた。

数年前まではデモは「示威運動」であり、「威力を示す」ことは当然だと思っていた。

首相官邸に向かってや、電力会社本店に向かってのデモなら、それなりに意味があると思うが、いくら大勢集まって、いくら大きな声でシュプレッヒコールをしても、政府も電力会社もデモの威力を恐れて方針を変更することはなかった。

とすれば、現政府を国民が望む政治を行う政府に交代させるしかないことは明白だ。

それには次の選挙で与党の議席を激減させれば良いのだ。

今後はデモで主張を訴える相手は一票を持つ一般国民になる。

そして、これまで与党に投票していた人や棄権をしていた人に投票行動を変えるよう訴えるのだ。

ところが、大勢の仲間を集め、リーダーの発声に合わせて大声でシュプレッヒコールを行うデモを脇で観る人々の中にいるシンパではない人々は主張の中身よりもそのデモのスタイルに「怖さ」を感じてしまうのだ。

デモで主張の対象を一般国民と決めたならば「威力」を示すスタイルから「優しさ」を示すスタイルに切り替えた方がシンパを増やす効果が高いことは当然だ。

具体的なスタイルの一つは私が8年間続けてきた一人デモだ。

一人でウォーキングデモをしていると、賛否に関わらず一日に平均一人は声をかけてくる。即ち、私のことを「怖い」とは感じないのだ。

2024年3月22日 記

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