―以下小倉志郎さんの寄稿文の引用―

 仲良くなろうと思ったら、「あいさつ」の後ですることは「遊び」だろう。

一緒に楽しく遊べば、仲良くなるのは当然だ。

小学校、中学校の頃は、放課後は同級生や同じ町内の子どもたちと一緒に遊んだ。

それも毎日。

当時は勉強塾などな無かったから、遊べないほど暗くなるまで遊んだ。

70年以上も昔の話だ。

メンコ、ビー玉、ベー独楽(ゴマ)、釘差し、けん玉、石けり、缶蹴り、かくれんぼ、S字開戦、チャンバラ、ドッチボール、三角ベース、ソフトボール、卓球、相撲、鬼ごっこ、馬飛び、凧上げ、将棋、五目並べ、カルタ、私の経験したものだけでもきりが無い。

そんな遊びを一緒にした友達とは後期高齢者になった今でも仲良しだ。

国家と国家の間でも一緒にできる「遊び」があるはずだ。

同じ町内に住んでいる子どもと違い、住むところが異なる人々同士が一緒に遊ぶためには政府が便宜をはかる必要がある。

各種スポーツの競技、音楽・演劇・伝統芸能の交流、美術展の相互開催、観光など。

これらの国際交流がスムーズに行われるための便宜などに人手とお金が必要になるが、米軍に対する「思いやり予算」に比べたら微々たるものだ。

しかも、「思いやり予算」は戦争の準備につながるのに対して、「遊び」への便宜は戦争の可能性を無くすためだから、お金の使い方の効果は天と地の違いがある。

こんな簡単な事も理解できない政府は交代させるしかない。

2024年4月17日 記

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