新憲法制定時(手続き的には明治憲法改正)国民の99%は新憲法に諸手を上げて賛同し、戦争はこりごり、もう二度と日本は戦争することはない、と憲法第9条の非戦:非武装、恒久平和の実現を喜びました。
しかしその後朝鮮戦争を経て自衛隊が誕生、今では世界最強の軍隊を持つ臨戦大国となりました。
高市首相は核兵器を持ち込ませる意向を示し、小泉防衛相は原子力潜水艦の建造や武器輸出を全面解禁する意向さえ示しています。
日本は今や憲法9条も戦争の反省も何処へやら、戦争の悲惨をまったく知らない幼稚な子供のような内閣の誕生です。
本来の憲法解釈はどうあるべきか?
憲法学の大家や法律家も、あるべき憲法解釈から外れ、現実政治に迎合、何とか条文と現実の違いの、つじつま合わせの法解釋に腐心している人たちばかりです。
第9条2項の「前項の目的を達するために」の部分、「達すべき前項の目的を侵略戦争を行うため」と解釈して「侵略戦争を行うための戦力は保持しない」が「自衛のための戦力保持は憲法は禁じていない」とする政府や学者の多くの解釈に私は断固として反対です。
修正段階で1項と2項の入れ替えがあったことを前に書きましたが、入れ替え後も芦田はハッキリ「達成すべき前項の目的とは国際平和を誠実に希求するため」であると明言しました。
仮に芦田が二枚舌を使っていたとしても、「国際紛争を解決する手段」の「国際紛争」には外国から攻められる事態も含まれると解釈すべきです。
即ち日本は自衛戦争のためであっても軍備を保持しない、と解釈すべきなのです。
外国から攻められる事態を国際紛争ではないと言える筈がありません。
コスタリカは1949年新憲法を制定し憲法12条で常備軍を廃止しましたが
常備軍廃止を決めた1948年以降3回外国から攻め込まれています。
そのうち2回は隣国ニカラグアに亡命していた元コスタリカ大統領カルデロンによる政権奪回を目指す侵攻でした。
いわば実際は内戦です。
しかしコスタリカはこれを国際紛争、外国からの侵略行為と位置付けて米州機構に訴えて戦争を回避しました。
外国から攻められることが国際紛争でなくて何か?
この憲法解釈こそがコスタリカの憲法裁判所が採用している正しい憲法解釈です。
コスタリカの憲法裁判所はコスタリカ憲法の理念(価値)は絶対平和主義でありこの理念を実現することが最上位の裁判規範(合憲か違憲かの判断の基礎)である。
したがって戦争につながるものや事態は全て憲法違反と判断し核発電所、軍需産業を一切存在させていません。
詳しくは拙著を是非を読みください。
核発電所は原爆製造に不可欠なプルトニュームを生成するというのがその理由です。
日本の司法の実態が裁判規範(あるべき憲法規範・最上位の価値の実現)が希薄で政治規範(統治行為、政治判断と言って司法はタッチしない)を優勢させるようなヒラメ裁判官ばかりの日本では極右維新の会が言うような憲法裁判所をいくら作っても何の役にも立たないことは明らかです。
日本はこの珠玉のような憲法をただ守るだけでなく活かし実践して世界平和の救世主国になれる資格を勿体なくも自ら放棄しています。
政治の貧困、国民の平和意識の低下、ここに極まれり!
2025年11月22日 記
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先日めぐせたが開いた立憲民主党の小西議員の講演会で憲法9条を13条とセットで考えるべき、すなわち専守防衛のための自衛隊は
合憲、との見方を述べていましたが私は現在のような大規模な軍事力はどう考えても9条違反であると思っています。
小西さんの考えは古くからある一つの考えで自衛隊容認派が良く持ち出します。
しかし国民の追及する幸福は「戦争をしない事」であり、自衛隊員が命を懸け一般の市民の命を奪いかねない自衛戦争は9条の精神に間違いなく反します。自衛戦争も自衛隊を含むあらゆる武力も憲法9条は認めないという考えこそ、これまで書いたようにすべての事情を知ったうえで我々護憲平和主義派は確信すべき解釋と思います。そのための運動ツールが拙著とこのHPですのでどうぞこの真っ当な憲法解釈を全国に広めてほしいと思います。