私は敗戦80年目の2025年末までに自衛隊も、米軍も日本から無くし真の独立平和国家を実現する目標を立てて10年近く活動してきました。

その締め括りの今年、これまで現職の国会議員にできる範囲で直接働きかけもしましたが彼(女)らに任せていても絶対に動こうとしないとの結論に達しました。

ならば自分の手で国会の中で非武装中立、防衛省を防災平和省に改組、自衛隊を国際災害救助即応隊に衣替え、の政策論争を巻き起こすしかないと、7月の参議院選挙に出馬する運動を2月から始めました。

しかし社民党の公認を得たのは5月、

選挙結果は私が期待していたものとは程遠いものでしたが私はこの選挙に出馬したことに満足しています。

残念と言えば私の政策➀「米軍撤退、防衛より防災」②全核発電所(原発)廃炉、➂食料自給率100%

を有権者に届けるにはあまりにも社民党の組織的支援(幹部の応援や運動員数など)が少なかったこと、私自身の力不足、運動期間が短かったこと、頼りとした人たち(特に地元の県議や護憲運動の仲間)の協力も、彼らが他政党の支持者であったりして期待ほど得られなかったことです。

私のキャリアで培った人脈は財界、経営者に多く、利用しようにも殆ど自民党寄り。

旧来の社民党支持者に加えて一般市民の共感を得ようと私の社民党らしからぬキャリアをマイクで話したこともありましたが、運動員からの反発もあり遠慮気味。

キャリアを書いたチラシを読んでもらうにもチラシを配るスタッフも、受け取る通行人も少なく。

運動中、マスコミの取材は有りましたが記事になり風を起こすまでは行きませんでした。

選挙は終わりましたが私が参院選挙で主張した政策の記録は永久に残ります。

今回参院選の最年長立候補者かもしれず、同年配者の励みにはなったかも(笑い)。

今後は講演など学習会の要請があれば全国どこへも出かけて非武装中立運動の後継者を育てられたらと思います。

参議院選挙に出馬したことで、これまでの「本の著者」として以上の説得力を持って聞いてもらえたら、と期待します。

選挙後に都立西高の6年後輩のドイツ文学者で「世界が100人の村であったら」の翻訳者池田香代子さんから葉書があり、労いに続けて「先輩の勇気が社民党を救ったと思います。2%の政党要件ギリギリでしたから」とありました。

13日付東京新聞の全段広告を掲載します。

是非拡販、近隣の学校図書館などに備え付け依頼のご協力お願いします。

2025年8月15日 敗戦記念日に記す

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