先日50代の男性と非武装中立の話をした。
彼は平和のためには軍事力の均衡が重要と言う。
日本が非武装になると,どの国とも軍事力は均衡しないから(当たり前だ)近隣国に攻められると。
彼は本気で非武装はありえないと考えていると分かった。
これが世間常識とすれば、国民の多くは日本が憲法で非戦・非武装を定めていることを知らないことになる。
権力と立身出世しか眼中にない政治家と官僚が横行する中、国民はすっかり隣国脅威論に洗脳されてしまった。
半ば自から作り出した戦争の危機は迫るばかりだ。
軍事力の均衡など現実にはあり得ない。
軍隊を持つ国(日本もそうだ)にとって国家最高の機密は軍事機密だ。
野党議員が国会で防衛予算の細部について質問しても政府は「安全保障に関係する機密事項」と言って決して答えない。
自国民にさえ秘密にして明かさない軍事機密情報が外国人に判る筈がない。
それを探ろうと各国は軍事偵察衛星を飛ばしスパイを送り込む。
彼らは軍事力のバランスを保つために情報を集めるのではない。
敵に軍事力で圧倒的優位に立つための情報収集が目的だ。
「敵国との軍事バランスは均衡したのでこの辺で軍事力をとどめておきましょう」と言う国があるとでも思っているならホントにおめでたい。
若者は分かったように日本の軍事力は攻められないために必要などと口にしながら日常と言えば生活に追われつつ、スマホゲームや娯楽に興じている。
日米軍事一体化が他国に脅威を与え戦争勃発の危険が現実に迫っているというのに全く危機感がない。
国民に危機感を持ってもらうにはどうしたらよいか、考えに考える毎日だ。
2023年12月4日 記
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戦争になったらどうなるか、自国の80年前の戦争の話とセットにするしかないでしょう。かつての日本の戦争を知らなければ非武装中立がなぜ必要かが理解できないのです。さらに過去の昔ばなしではなく、一度戦争になれば、80年経っても戦争の傷があちこちに残っていることをいま、生きている「当事者」して理解してもらうしかないと思います。
地続きで、自分たちの近い未来に繋がる危機だと理解してもらうには、「飛び石」が必要です。軍事力を拡大し、為政者が自分たちに都合の良い社会、金儲けを目論んでいることに対して疑問をもってもらうには歴史に学ぶしかないです。「飛び石」の一つ一つが歴史を学ぶことに繋がります。その「飛び石」を踏んでいくと、日本が生きのびるには非武装中立に到達するしかないとう結論に達します。元兵士たちが、戦場体験を語り継ごうとしながら不戦を訴えたのはそのような理由だからです。
貴重なご意見ありがとうございます。
体験者の話に真剣に耳を傾け感情移入することがだいじですね。
他人の痛みはいくら頑張っても本人以外にはわかりませんが、
せめて分かろうとする努力は絶対に必要ですね。
そこまでしないと、ではどうしたらよいか、に繫がらないと私も同感します。花岡
「勝手連」の助太刀のつもりで投稿します。
凡例)
◎の括弧は、花岡さん。
◆は、多数説。
♯は、田中コメント。
【】の括弧は、文言補足。
(適宜要約)
———-…
◎「先日50代の男性と非武装中立の話をした。」
♯これは、私でしょうか?(そうでないことを望みます。私だったら、不徳の至りです。)
◆隣国脅威論 【熱力学や経済学の「均衡論」との類比(アナロジー)】
◆「日本が平和でいるため(攻められないようにする)には、軍事力が均衡するまで(or相手を凌駕するまで)軍拡すべきだ」
◆↑「日本が非武装になると,どの国とも軍事力は均衡しない。その結果、近隣国が攻めてくる」
◆「だから、軍縮or非武装など論外。」
◎「日本が憲法で非戦・非武装を定めている」ことを知らないことになる。
♯何事につけ、論争があるときには原文を読むべきです。これは、立場の右左を問わず、基本です。
格好の例が、俗にいう「天皇の人間宣言」です。
1946年1月のこの「詔書」の原文を読まずに日本史の教科書や年表の字面だけで済ませていると、
「天皇が『私は現人神ではありません。人間です』と宣言した」
と思いがちです。
しかしこの「根拠」とされるセンテンスの骨格は、
「朕(裕仁)と汝臣民の紐帯は堅い」
です。
「朕を神に祭り上げる観念は、架空にすぎない。そんなものを持ち出すまでもなく、我々の紐帯は強い」
が原文なのです。
(「どういう神経やねん…汗…」と私は思います。)
俗人が求める「人間宣言」の薄弱な根拠は、このセンテンスの「枝葉」にすぎません。
これを徴するにつくづく、「原文に帰る」ことの枢要さを痛感します。
「事実に基づく客観報道」を旨とするならば、NHKやテレビ・新聞は、ことあるごとに条文を画面いっぱいに示したうえで論じるべきです。
◎【しかし】軍事力の均衡など現実にはあり得ない。
♯上記の「隣国脅威論」の前提は、
◆熱力学の俗流適用
です。
◆ビーカーAとビーカーBの濃度(浸透圧に比例)が同じなら、溶液は移動しない。
ビーカーAの濃度 > ビーカーBの濃度 なら、溶液はAからBに「なだれ込む」≒「軍事侵攻を開始」
という「思考」が透けて見えます。
勢力「均衡」などと言えば、一見、「科学的」な装いをまとえます。
しかしこれは「装い」であって、嘘です。
♯「隣国脅威 →均衡を保て」論に従えば、
「中共(またはロシア)から攻められないように、日本は中共と同等の軍備を持つべき」
との結論に至ります。
「中共と均衡」など、不可能です。
これを目指すのは、イソップ寓話『カエルと牛』の「カエル」の所業です。